2021年03月31日

0057

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2021年03月30日

0056

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2021年03月29日

老子 C

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            國   民
        家   多
        滋   利
        昏   器
民、利器多くして、国家滋々(ますます)昏し。

文明の利器がふえてくると、世の中は明るくなるよりも、むしろ暗くなってくる。

<管 見>
科学というものの目的は、人々の幸せのためという純粋な心からスタートしたものである。
そしてその思い(願い)は、人智と天恵により実現する。
だが、この恩恵を得る人間は、「諸刃の剣」という言葉を熟読玩味せねばならない。

便利さは、幸福のみを齎すものではない、ということだ。
然も、それはやがて体験⇒経験によって、災禍が利便さを凌駕することを思い知ることになる。
さらに、それによる人の心身への悪影響に限らず,自然界のあらゆる生物への悪影響をもなのである。
例えていうならば、工場排水による「食物連鎖」が挙げられる。

「人間は考える葦である」(弱い存在だけど、考える能力がある)という言葉がある。
また、
「人間は万物の尺度である」(相対主義〜人によって知覚が異なる)というのもある。

例えば、携帯電話は便利だけど「信の心」を授受をすることが完璧に可能だろうか?

だから、科学技術をもって生物の頂点に君臨している人間は、驕ることなく謙虚に誠実な姿勢を保つことが肝要なのだ。
加えて、現代の便利な機器は人間の心身を衰退させる、ということも見落としてはならないだろう。


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0055 (満月)

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2021年03月28日

0054

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 Don't forget me!
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2021年03月27日

0053

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2021年03月26日

0052

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2021年03月25日

0051

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2021年03月24日

0050

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2021年03月23日

0049 彼岸明け

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2021年03月22日

0048

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老子 B

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                 我
         持 三 有
       保 而 寶
           
我に三宝あり。
  持して之を保つ。

わたしには三つの宝があり、それをしっかりと抱き保っている。
その三宝とは、
「慈」、すなわち「情け」である。
➁「倹」、すなわち「慎ましやか・飾らぬこと・謙虚・控えめ 」な言動である。
B「敢えて天下の先と為らず」、すなわち「人の一番後方(しりえ)にいること」である。

<管 見>
上記(老子)の三宝を玩味し、改めて己に照らし合わせてみた時、
➀は、常に(何時でも・何処でも不変)ではなく、時に応じての情動次第(手前勝手)なのだ。
➁もまた然りである。
Bは、積極的な言動ではなく、己の不徳から招いた結果としての位置なのだ。
だから、愚生の(老子のいうところの)三宝に該当するものは、皆無ではないけれども乏しいものといえる。

愚生自身「日暮れて途遠し」の感を拭えないことは、十分承知している。
けれど、生来の頑固さは今も健在故、これを基にして生ある限り惜しむことなく努め、挑み続けたい。

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2021年03月21日

0047 社日

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2021年03月20日

0046 春分の日

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2021年03月19日

0045

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2021年03月18日

0044

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2021年03月17日

0043 彼岸入り

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2021年03月16日

0042

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2021年03月15日

0041

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K老子 A

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            善
           爲    用 
           之  人
           下    者
善く人を用うる者は之(こ)が下(しも)と為る。
(特に、多くの)人を上手(巧み)に使おうと思うなら、自分がいちばん低いところに居る心掛けが必要だ、というのである。
※先ずコトに当たるには、いきなり行動ではなく構想・立案からだろう。

<管 見>
それには、相手であるヒト・モノなどを確り知らねばならない。
加えて、その時の己の立ち位置が肝要となる。
例えば、
➀上からとすれば、頭の天辺しか見えない。〜全体や内部を掴めない。
➁横からとすれば、横(片面)しか見えない。〜仝上。
⑶下からとすれば、相手が下位だと侮って(油断して)いるから、全体・内部まで確り把握できる。

愚生の体験⇒経験から記せば、これを作為的つまり故意に行うには疑問を覚える。
というのは、
*元来(生来)、「徳」の高い性を有する人。
とか、
*「徳」に欠けているとしても、高めようと努力し、その結果数多の人たちから認められた人。
が、自然な形としてリーダーとなるに相応しい人なのだ、と思う。

だから、人生の途次、それも望ましくは若いうちに、己を確と把握・分析して「徳」の限界を見極めたら、
できるだけ下の位置を選ぶことが最良で唯一の生き方だ、と思う。
(というと負け惜しみのように思えるだろうけど、心の底から良い選択だったと思っている)

多様な人生行路、上だ下だと神経を費やすよりも、自己責任で選び定めた職の道に励み、究めることに徹するほうが、
己にとって至道であり、結果として悔いのない人生に繋がることだろう。
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