2021年03月14日

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2021年03月13日

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2021年03月12日

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2021年03月11日

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2021年03月10日

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2021年03月09日

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2021年03月08日

荘子 A

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                 拙
            用
         大     於

         矣
大を用うるに拙(せつ)なり
大きなものを用いるには、それ相当の用い方がある、という。
さらに、それを知らないとは愚かなことだ、と言い切る。

これには、梁の宰相恵子(けいし)が荘子に話したという、こんな余話がある。
「かつて魏の王が私に大きな瓢箪のタネをくれたが、実ったものがあまりにも大きすぎて瓢箪の用をなさないので、
 打ち割ってしまった」というのである。
それを聞いた荘子は、
「あなたは、大きいものを用いることを知らない。その瓢箪が水や酒を入れるのに大きい過ぎるなら、
 それを舟の代わりにして湖で遊ぶこともできように・・・」と言った。

つまり恵子(けいし)は、瓢箪は水か酒などの飲み物を入れるものだ、という固定観念に捉われているのだ。

恵子の人柄については、然もありなん=Aという次のようなエピソードがあるのだ。

恵子と荘子は、友人であり論敵だったらしい。
荘子は、恵子が梁の宰相になったというので、なんの邪念もなく会いに来た。
だが、ある人が、
「荘子は、あなたが宰相になったと聞いて、あなたになり代わって宰相になろうとしているみたいだよ」
と告げた。
それを聞いた恵子は、部下に命じて三日三晩国中を封鎖させた、という。
それからの話しには続きあるのだけれど・・・、それは述べるまでもあるまい。

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2021年03月07日

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2021年03月06日

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2021年03月05日

赤城町_石仏B

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0031 啓蟄

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2021年03月04日

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2021年03月03日

0029 ひな祭

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2021年03月02日

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2021年03月01日

韓非子 ➁

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           可     老
           用  智  馬
           也     之
老馬の智用うべし

東周・春秋時代の話しである。
春秋五覇の筆頭に挙げられる斉の桓公と、
管鮑の交わりで知られる桓公を補佐する名宰相の管仲などが、
小国の孤竹を征伐するために出かけた。
戦いに赴いたのは春だったが、戦いを終えて帰路についた時は冬だった。
折しも、頃はまさに厳寒期のうえ悪天候・悪路など過酷な条件が重なった。
軍隊は山中を彷徨う内寒風吹き荒れる中、何時しか方角を失い道に迷ってしまった。

将校以下臣下の各々は、思いを口々に言い合うだけで、まとまりのない烏集の様相を呈するだけだった。
そんな状況の中、管仲は思案した結果、誰もが考えもつかない妙案を思いついた。

管見
このような時には理屈より感覚の勝負だとみて、人間よりはるかに優れている感覚の持ち主は?
   その条件に合致するのは、
   @人間以外での動物としては、同行している軍馬のみである。
   A戦いでは若い馬に席を譲るが、こんな場合は経験豊かな老馬の出番だ。
との考えに至ったのだ。
   〜この時代から2300年ほど後になるが、米国の詩人、ロングフェローの詩「建築師」にある、適所適材だ〜)
ー閑話休題ー
管仲は、徐に自分の考えを述べた。     
「こんな時には、年老いた馬の経験に頼るのが良策だろう」
日頃から、誰もが認める管仲の言葉だったから、言われるに従い駄馬の中から一頭の老馬を放った。
老馬は、暫く周囲のあちこちを探るような様子だったが、とある方角を目指して歩き出した。

道無き道を、ひたすら老馬を信じてその後に従った。
その結果、管仲の思惑通り老馬は期待に見事答え、帰り着いた。

人間社会にあっても、然りだろう。
「思弁」(論理的思考)もさることながら、時には「経験」に拠ることも必要なのだ。


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