2021年03月01日

韓非子 ➁

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           可     老
           用  智  馬
           也     之
老馬の智用うべし

東周・春秋時代の話しである。
春秋五覇の筆頭に挙げられる斉の桓公と、
管鮑の交わりで知られる桓公を補佐する名宰相の管仲などが、
小国の孤竹を征伐するために出かけた。
戦いに赴いたのは春だったが、戦いを終えて帰路についた時は冬だった。
折しも、頃はまさに厳寒期のうえ悪天候・悪路など過酷な条件が重なった。
軍隊は山中を彷徨う内寒風吹き荒れる中、何時しか方角を失い道に迷ってしまった。

将校以下臣下の各々は、思いを口々に言い合うだけで、まとまりのない烏集の様相を呈するだけだった。
そんな状況の中、管仲は思案した結果、誰もが考えもつかない妙案を思いついた。

管見
このような時には理屈より感覚の勝負だとみて、人間よりはるかに優れている感覚の持ち主は?
   その条件に合致するのは、
   @人間以外での動物としては、同行している軍馬のみである。
   A戦いでは若い馬に席を譲るが、こんな場合は経験豊かな老馬の出番だ。
との考えに至ったのだ。
   〜この時代から2300年ほど後になるが、米国の詩人、ロングフェローの詩「建築師」にある、適所適材だ〜)
ー閑話休題ー
管仲は、徐に自分の考えを述べた。     
「こんな時には、年老いた馬の経験に頼るのが良策だろう」
日頃から、誰もが認める管仲の言葉だったから、言われるに従い駄馬の中から一頭の老馬を放った。
老馬は、暫く周囲のあちこちを探るような様子だったが、とある方角を目指して歩き出した。

道無き道を、ひたすら老馬を信じてその後に従った。
その結果、管仲の思惑通り老馬は期待に見事答え、帰り着いた。

人間社会にあっても、然りだろう。
「思弁」(論理的思考)もさることながら、時には「経験」に拠ることも必要なのだ。


posted by 頑輝 at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

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