2021年03月15日

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K老子 A

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            善
           爲    用 
           之  人
           下    者
善く人を用うる者は之(こ)が下(しも)と為る。
(特に、多くの)人を上手(巧み)に使おうと思うなら、自分がいちばん低いところに居る心掛けが必要だ、というのである。
※先ずコトに当たるには、いきなり行動ではなく構想・立案からだろう。

<管 見>
それには、相手であるヒト・モノなどを確り知らねばならない。
加えて、その時の己の立ち位置が肝要となる。
例えば、
➀上からとすれば、頭の天辺しか見えない。〜全体や内部を掴めない。
➁横からとすれば、横(片面)しか見えない。〜仝上。
⑶下からとすれば、相手が下位だと侮って(油断して)いるから、全体・内部まで確り把握できる。

愚生の体験⇒経験から記せば、これを作為的つまり故意に行うには疑問を覚える。
というのは、
*元来(生来)、「徳」の高い性を有する人。
とか、
*「徳」に欠けているとしても、高めようと努力し、その結果数多の人たちから認められた人。
が、自然な形としてリーダーとなるに相応しい人なのだ、と思う。

だから、人生の途次、それも望ましくは若いうちに、己を確と把握・分析して「徳」の限界を見極めたら、
できるだけ下の位置を選ぶことが最良で唯一の生き方だ、と思う。
(というと負け惜しみのように思えるだろうけど、心の底から良い選択だったと思っている)

多様な人生行路、上だ下だと神経を費やすよりも、自己責任で選び定めた職の道に励み、究めることに徹するほうが、
己にとって至道であり、結果として悔いのない人生に繋がることだろう。
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