2021年05月10日

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十八史略 @

S十八史略 @_20210219 (4).jpg

            指
        鹿
        爲
        馬
鹿を指して馬と為す。

鹿を指して、馬だという。
人を威圧して馬鹿にする、また人を愚弄することの意。

これは、秦の丞相・趙高の強弁だという。

<注> 趙高:宦官。始皇帝の死後権力を握り、遺言を書き換えるなど横暴ぶりを発揮した。

      

趙高は、秦の二代皇帝に末子の胡亥を強引に即位させて実権を握ると胡亥を傀儡化し、自らは裏で形ばかりの皇帝を操る黒幕となった


そして、自らの権力ぶりを誇示するために皇帝の胡亥に「鹿」を献上して、

「これは、馬です」と言った。

皇帝は、不審に思い臣下たちを見たが、殆どの臣下は趙高を恐れて黙っているか、「馬」と答えた、というのだ。

<管 見>

愚生の経験からすると、全員が趙高に対して幇間のような者ばかりではなかった、と思う。

少なくとも、一人くらいは剛直・頑固者がいただろう。

何故なら、何時の世にも世間から変わり者、と言われる愚直を良しとする奴がいるのだ。

だから、そのような想定から、次記のようではなかったか?

@「馬です」と言った者。

➁「・・・」ただ黙っている者。

B「鹿です」と答えた者。

これら三者の答弁に分かれたのが、真相であろう。


@は、趙高に媚び諂う輩。

➁は、洞ヶ峠・日和見を決め込む輩。

Bは、事実をありのままに述べ、反骨精神を示した人。

Bの人たち(一人若しくは少数)は、即、殺害された。


その後も、事あるごとに賢者たちは次々と処刑された。

結果、始皇帝健在時には、豊富であった有能な人材も枯渇することになった.


趙高は恐怖政治を敷いたことと合わせ、大いに民から恨みを買うことになったのだ。


やがて、秦帝国は崩壊への道を辿ることになる。

本当は、「民」(弱者)ほどいざという時には強くて恐ろしい者はないのだ、ということを知るべきだ。


然し、それを知った時には、時すでに遅しなのである。

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