2021年05月31日

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荘子 D

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             以
          養  鳥
       養    
       鳥

鳥の養いを以て鳥を養う。
さもないと、鳥は心から喜ばない。

昔、魯国の郊外に海鳥が飛んで来た。
珍しい鳥が来たというので、魯侯はこの鳥に音楽を聞かせ、人間の食べるご馳走を与えた。
然し、鳥は少しも喜ばず、食さないまま三日にして死んでしまった。
<教訓>
志の高い士は、ただ高い位や高禄だけで迎え入れることのできるものではない。
<注>「魯国」:「周公旦」の子「伯禽」を始祖とし、春秋・戦国時代に存在。(BC1,055〜BC256)
        春秋時代(BC770〜≒BC450)末の「孔子」(BC551〜BC479)はこの国の人である。
        現在の山東省南部に位置した、という。
        孔子の死後、衰退が顕著となり、やがて楚国に併合されBC249に滅亡。
        序でに記せば、「荘子」はBC369〜BC286。
<管 見>
何故、海鳥が珍しいのか?
暫く(2〜3日)の間、思いが及ばなかった。
    
ある朝、天気予報を見ていた。
すると、やがて全国から関東甲信越地方の画面に変わった。
その時、長野・群馬・栃木・埼玉・山梨などの県が海に面していないことに気付いた。
    
つまり、上記に連鎖して「魯国」は、黄海に面している部分もあるが、当時の都であった「曲阜」は、
黄海から西へ入った内陸であったことに、ようやく思いが至ったのだ。

よくよく自らの愚かさを思い知り、恥じることに至った。

つまり、「荘子の名言」云々の前に、我が身を顧みない自身の傲岸さを、改めて思い知ることとなったのだ。


というのは、自身に湧いた疑問を何の思慮もなしに、自分以外の誰にでも当てはまることとして、当然のように(海を背に育った己のことを中心に)前提として扱ったことにその因がある。

生来の不遜な性が、僅かな綻びから露呈しまったのが真相なのである。

この世には、内陸で育ち終生その地で、幸せに暮らす人たちへの思いが至らなかった訳になる。


その人たちからすれば、「内陸特有の優れた諸々を何も知らない輩が……」、となるだろう。

浅はかな自分に、今さらながら呆れるばかりである。


だから、前記の疑問は今更の感が拭えないけど、

魯国の都・曲阜の位置を考えれば、海鳥が珍鳥なのは当然なのである。


そんな愚生に、「魯侯」に対する論評などは出来ない。


従って、今回の「魯侯」に対する<管見>は、差し控えることにしたい。

     

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