2021年06月14日

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荘子 7

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         坐   立
         不   不
         議   教 
立ちて教えず、坐して議せず。

立って教えることもしなければ、議席にすわって議論することもしない。

それでいて、教えられるところが、限りなくある。

それこそが、真の教育者というものである、というのである。


<管 見>

愚生自身に限ってのことであるが、思い出の中に心から「師」と仰いだ方たちを大別すれば、

@  教員免許を有する、所謂学校に奉職する人たち。

A  上記以外の全ての人たち。

になるが、数・質ともに圧倒的に➁の方が多い。

それは時間的な長さでみれば、学校における在籍期間よりも、(広義での)社会生活は長いことは当然ではある。

けれども、決して期間の長短だけのことだけではない。


そこで、別の角度から考えてみると、

(幼児期の情操に深い影響を与えてくれた)祖父母をはじめ近親。

(遊びを通して成長させてくれた)幼い頃の先輩や幼友達。

(事の良し悪しを教えてくれた)知人や見知らぬ大人たち。

による教え・導きなどを考える時、

人の成長は、性善説でいう四端(仁・義・礼・智の芽生え)に絡んで説かれる<幼児と井戸の話し>にみられるように、Aの関わり合い(特に年少時)も然る事ながら(親離れしてからの生長期間の長さと広さからだけでなく)当然B、Cによる影響は格段に深くて大きい、といえる。


さて、

そこで、数・質共少ない@のケースの中にあって、敢えてAをも含めても生涯忘れることのできない「師」の中の「師」である人との出会いがあった。

その出会いは、その後の人生にとってもとても貴重な財産となった。


その天恵ともいえる巡り合わせから現在までも、ずっと思い続けている「師」のことを記してみたい。

その「師」とは、「窪田先生」(石川県七尾市出身)のことである。

述べれば長くなるので、詳細は端折るけれど、今回の「至言」にピッタリの「師」であった。


先生からは、教訓染みた言動を受けたことは一度も無かった。

年齢的に近かったせいもあってか、兄貴のような存在だった。

それでいて、八十路になった現在も我が心の「師」として、深く心の襞に刻まれているのである。


駑馬の呟きになるが、二十代から今日(八十路)まで心の「師」に一歩でも近づきたくて努めてきたけれど、到底及ばぬままでいる。

畢竟、今にして「窪田先生」に導かれ、そして得たことは、

「学び・学ぶ」ということは、

@  「知識・技術」より以前に大切なものの薫陶を「師」から受ける。「麻中の蓬」

けれど、

A  「知識・技術」は「師」に頼らず独学(自助努力)を以て成す。

「学問に王道無し」・「眼光紙背に徹す」・「読書百遍義自ずから見る」

それと、

「百川学海」:

〚全ての川は海を目指して流れ続け、やがては海に辿り着く。

つまり、どんな人であっても絶えず学び続ければ、何時かは大道を知ることが出来る〛であった。

<注>

百川:全ての川=何人も・誰でも

学海:目標・目的=大道=根本の道理



先生には、在学中も卒業後も一度も感謝の言葉を表したことは無かった。

今、この年になって悔やんでも悔やみきれない。

これも、愚生にとっては自業自縛の一つとして、受け止めねばなるまい。

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