2021年09月06日

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近思録 @

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       老    不

       而    學

       哀    便


学ばざれば便(すなわ)ち老いを衰(おとろ)う。


「学問」をしていないと、年を取って早く衰えてしまう。

「学」には終焉がないから、「学」に忠実な人には老衰はない。


<管 見>

「文武両道」という言葉がある。

即ち、文は学芸を、武は武道を指す。

ここでいうのは、学芸一般についてのことだろう。


「学」に終わりがない、とは?

現在の我々が学ぶ基を「古典」と捉えれば、その意が解けるような気がする。

洋の東西を問わず「古典」の素晴らしさは、何千年ともいわれる時代の変遷に揉まれながらも、その生命の光を失うどころかこの先も決して色褪せることはない、であろうからだ。


特に、中国古典は「焚書坑儒」などにみられるような、権力者の専横や逆境にも屈せず著した「史記」(司馬遷)・「春秋左氏伝」(左丘明)など、また幾星霜の風雨に曝されても淘汰されずに柔軟に適応してきた、その他多くの不朽の名著は先哲の命そのものだ、ともいえるだろう。


それが故に、これ等の「古典」に触れ学ぶことで、愚生でさえもそのエッセンスを取り込む努力を欠かさなければ、僅かな能力であっても心身の健康に良い影響を受けることが十分可能なのだ。

それは決して他からの入れ知恵や思い込みなどではなく、愚生の老いた心身からでさえ滲み出るような感動を覚えることからの実感なのである。


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