2021年11月13日

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2021年11月12日

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2021年11月11日

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2021年11月10日

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2021年11月09日

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2021年11月08日

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孔子(論語・八佾) B

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           繪

       素    事


絵の事は素より後にす。


絵を画くには、先ず下地を確りとしていることが大事なのだ。

色をつけるのはその後のことだ、というのだ。


<管 見>

”素”とは、

この言葉の解釈には二通りある、と言われる。

➀ 描く前の生地づくり 

絵を画くときの白絹(日本画の場合の絵絹〜画布の意?)

下手の横好きの愚生でさえ、体験⇒経験として痛感することがある。

その一つは、油絵などでのキャンバスづくりである。

砂や水或いは葉っぱとか手間のかからぬものは勿論、手近な新聞やチラシの裏などでは満足な画()を思うようには描くことは出来ない。

画布づくりは大切な工程である。

朱子が言う「絵の事は素より後にす」は、絵筆を持つより前に確りした素地(画布の意?)づくりの大切さを述べたのだろう、という意。(短見)

転じて、すぐれた人格というものは、資質(素〜先天)と幼児期に周囲に感化された基本的な人間性(素直さ)の上に礼(絵〜後天)を加えて完成するという意であろう。


また、

➁ 描くための初期工程

絵の下地として胡粉(ごふん)を塗ったもの(下地づくり)

または、色をつける前のもと(素描・下書き)

確りとした下地(素描)がなければ、いい絵はできない。

孔子が、ここで絵を画くには下地が大事だと強調したのは、身を飾るよりも心が大事だ、という戒めのためなのであろう。


孔子の教えの核とするのは「仁」と「礼」に尽きる。

「仁」は、自己抑制と思いやり・人間愛。

「礼」は、その「仁」を具体的に示すもの。


何れにしても、見えない・聞こえないところにこそ気配りが肝要だ、というのが「礼」(人道の最重要な規範・手本)の基本である、



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2021年11月07日

赤城町_石仏G

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0001 立冬

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2021年11月06日

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2021年11月05日

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2021年11月04日

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2021年11月03日

0089 文化の日

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2021年11月02日

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2021年11月01日

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孔子(論語・學而) A

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       貧
       而
       樂

貧しくして楽しむ。

貧乏であろうとも、卑屈になることはない。



<管 見>

他者のための人生ではないのだ。

周囲に惑わされることなく、確りとした目的をもって一途に歩むならば、それが己の人生を充ちたものとするのだ、と思う。


己を信じて一生懸命に努めれば、自ずと道が開かれてその先に人生の真の味が生まれ、次第にその味が心の襞に深く沁みてゆくだろう。

すると、やがて努力が心の中で熟成され、楽しさと化して心の底から湧きだしてくるのだ。

敗戦(昭和二十年)前後の頃を想えば、「モノの豊かさ」は別世界である。

然し、「モノの豊かさ」に反比例した「ココロの貧しさ」は、その代償なのだろうか。

だとすれば、人の性はなんとも悲しく、浮世の性は定めなきことの証しなのだろうか。


初期段階では、文字通りの「衣食足りて、礼節を知る」も、やがて経済が安定して成熟期に達すると当たり前の風潮が蔓延し、現状のような「衣食足りて、尚、礼節を知らず」となるのであろう。


蛇足ながらさらに加筆するならば、

名利を得れば得るほど、それに比例して懸念(心配事)が増し、

保有せざる者は、憂い少なくして日々を後生楽に暮らせる、のではないだろうか。



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