2022年08月14日

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2022年08月13日

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2022年08月12日

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2022年08月11日

0005 山の日

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2022年08月10日

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2022年08月09日

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2022年08月08日

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書経 3

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(皐陶曰、…)

天工人其代之。

天工てんこう其れ之に代わる。


天子のなすべき仕事、それを人間が代わって行ってい

るのだ。

だから、人は夫々自分の仕事を天職と考えるべきであ

る、という。

<管 見>

「職業に貴賤は無し」(石田梅岩・都鄙問答)という言葉

がある。

また、ロングフェロー(米の詩人)に「建築師」という詩

がある。

それは、

― 世の中に、無用なおのや、卑しいものは一つもない。

  すべてのものは、適所におかれたならば、最上なもの

  となり、

  ほとんど無用に見えるものでも、他のものに力を与え

  るとともに、

  その支えとなる。


朝焼けや夕焼けの見事な景や、ソフトな感触を我々に与え

くれる木漏れ日など、自然による和みの風景、即ち、その恵

みは塵(飛び散るほどの小さな塵芥の類)の仕業だ、という。


― 世の中に、無用なものや、卑しいものは一つもない。

  塵や埃にも、役割がある。

  しかも、こんな素晴らしい役割が。

  美しい自然をあるがままに映し出すのは、塵や埃があ

  ってのこと。

  しかし、塵や埃は、ただ淡々と空中を舞っているだけ。


わたしはわたし、あなたはあなた。

  わたしはわたしの本分を尽くすのみ。

  一体、だれがわたしのように空中を舞ってくれます

  ? −


塵や埃の、そんな声が聞こえてきそうだ。

それを聴くことができ、そして素直に受け入れる人間に

りたい。

たとえ、木偶の坊といわれようとも。(短見)


今回は、これ以上の繰り言は言うまい。


〈用語注〉:

こうよう:古代中国の伝説上の人物。

司法をつかさどる官吏(司空・司寇)として力をふるった

いい、どのような事件に対しも公平な裁決につとめたとさ

れる。

その判決には、正しい者を判別して示すという霊獣である獬豸かいちを使

ったともいい、後の時代に司法官のかぶる帽子を獬豸かいちかんと称する

ことの由来にもなっている。


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2022年08月07日

0001 立秋

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2022年08月06日

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2022年08月05日

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2022年08月04日

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2022年08月03日

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2022年08月02日

書経・大禹謨 2

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(舜曰…)

口出好興戎。

口は(こう)()だし(じゅう)(おこ)す。

言葉はその使い方によって、あるいは親善の役をし、

あるいは戦争をも起こす、というのだ。


<管 見>

三寸の舌の先の誤りから、最後に我が身を滅ぼして

しまう例は、今も昔も少なくない。

『尚書』に「口から出る言葉は、人々の友好を

生み出しもすれば、戦争を起しもする」とある。

そのような意味では、最も慎まなければならないのは、

言葉である。


言葉には口頭言語(話し言葉)と書記言語(書き言葉)

あるが、これらは表現方法である。

この場合の言葉の意は、勿論、口頭言語(話し言葉)

あるけども、

*言葉の選択

*抑揚

*表情

*態度

など、口のきき方・言葉使い・言いよう・言いざま

を指す。

つまり、単なる意志の伝達では無く、その人の人間性が

大きく関わってくるものだ。


たとえ、

*朴訥な言い方であっても、好ましく受け取ることが

 できる。

 即ち、言葉以前の問題としての人間性の大切さで

 あろう。

*言葉は至極丁寧であるし、身なりや礼儀も適って

 いるけれども、形に終始していることをそこは

 かとなく体感してしまい、どうしても素直に

 受け取れない。

即ち、言外に相手(話し手)の心のあり方について、

頭でなく心(精神)が拒絶反応してしまうのだ。


このようにして、「言葉」を前面にしてそれのみに

言及してきたけれど、

然し、その「言葉」の発する基に思いに遡り至れば、

そこには「精神・心」であり、さらに「人間性」という

源流に辿り着くのである。

「要は心」なのだ。

改めて「進乎技矣」(荘子)(知識・技術より

以前に大切なものがある)の至言が思い浮かぶ。


〈用語注〉:

大禹:禹は夏王朝の始祖で、同じく聖王の舜

   から禅譲された。

夏王朝:近年、発掘によって『史記』の記述が

    証明された。

();物事の結論を探り求めることで、計る(計画する)


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お詫び

過日(二日ほど前に)投稿した、「書経2」の記事は操作違いにより、誤りがありました。
大変申し訳ありませんでした。
そのため、削除しました。
改めて、早急に投稿し直しますので、ご了承下さい。
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2022年08月01日

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