2022年09月19日
書経 9
(伊尹曰、)
咸有一徳。
咸一徳あり。
人は、純一無垢の徳をもたなければならない。
(伊尹の言葉)
<管 見>
古代、殷の湯王はこの純一の徳を備えていたために、
天下をとったのだ、といわれる。
湯王と伊尹は、咸、純一な徳を身につけていたので、
*天の心に適い、天命を受けることができた。
*無理なく、中国全域の衆民(※)から慕われることが
できた。
*夏王朝の衰退は、酒池肉林の悪行など…桀は徳を
修めず、民を苦しめた結果である。
(後に殷王朝末期の殷の紂王もまた同じで、禅譲により
即位した堯・舜の聖王と言われたのに対比され、世襲に
より即位した桀と紂は後々まで悪王の代表とされることになる)
*夏の歴史を革めると同時に、殷の歴史の始まりでもあった。
これは、天の気まぐれとか青天の霹靂的なものでもなく、殷の純一な徳のものによるのだ。
また、殷の首脳が庶民に無理に押し付けたのではなくて、民が純一な徳のものに従ったのである。
上に立つ者の精神が純一な徳であるならば、その言行は咸吉事であろうし、徳が不純であるならばその言行は民を不幸にする。
近年、頓に災いが多く感じられる。
災厄には天災と人災があるが、それは天が時として人為を咎めて為せることだろう。
つまり、災厄の基を為すのはじんとく(人徳・仁徳・仁篤)にあるのではなかろうか?
*ウイルスの世界的な蔓延と疾苦。
*気象変動による諸災害。
*武力による威嚇・侵略など。
(トルストイの戦争と平和≠ヘ、名利などの欲望を求めることの愚かさを戒め、日常の平凡で素朴な生活にこそ、本来の幸福があることを伝えたかったのだ、とする小説だと思う。
なのに、同じ国を含めて複数の国の権力者は、愚かな行為を繰り返している。
だが、そうした言動で求めても当人はおろか関係者にとっても、決して良いことは無いのだ。
それに止まらず、罪なき多くの国や民など、傍にとっては迷惑千万なことなのである。)
〈用語注〉:
純一:混じりけの無いこと・純粋。また、そのようなさま。
衆民:多くの庶民。