2023年01月02日

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春秋左氏伝 13

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春秋左氏伝・不索何獲

(もと)えんば何をか()ん。

求めなければ、何物をも獲ることは出来ない。

聞くところによれば、『新約聖書』・マタイ伝にも、

「すべて求むる者は得、たずぬる者は見出し、

門をたたく者は開かるるなり」、とあるらしい。

後漢書にも、「人生在勤、不索何獲」とある。

人生勤むるに在り、(もと)()ば何をか()んや。


<管 見>

改めて記せば、「人生在勤、不索何獲」となる。

人生にあっては、与えられた環境の中で全力を以て

己の可能性に挑み続けて、その結果の良し悪し・

好むと好まざるとに拘らず、天与として素直に受容することだ。

一生懸命に勤勉さに努めなくして、何が己が人生か、だと思う。

それには、先ず求めること。それがなければ何が得られるというのか。

人は死ぬまで心身を鍛える為に、勉強をし続けるものである。

然し、目標がなければ何を得るかも定まらない。


何も得るつもりか(目的)がなければ努力しても身につく筈はないのだ。

目標があってその目的のための手段の一つとして、例えば勉学の意味があるのである。

生涯現役で仕事を続けるのも、その仕事に対する向上心と常に励みとなるものに気付き、そこから得るものがあるから継続するのだ。

また継続は、己次第なのであって他力ではないのだ。

不動の目標と努力の継続が相俟って、果が得られる。


物事には、原因があって結果がある。

だが、その因と果を関係づけるものに縁がある。

短見だが、

➀ 因⇒目標

A 縁⇒励み⇒意欲⇒継続した努力

@   果⇒達成

この@からBを繰り返すことにより、徐々に人間力の厚さが増していくのだろう。


本性(本来の素質など)だけでは、人生は成り立たない。

(自分が何をすべきか?)を常に追い求めることが、人生の緒に就くことである。

そして得た、B(仮に・例えば)平凡な幸福≠維持するためには、やはり、それなり

のA(継続した努力)を為し、時と場合によって責任をも果たさなければならないのだ。


〈用語注〉:

春秋左氏伝:春秋三伝の一つで,経書に数えられている。左丘明が孔子の『春秋』の正しい意味が失われることを恐れて,『左伝』をつくり,また『国語』を著わしたと伝えられているが実際は漢代(前漢末)の学者が『国語』その他の伝承史料により,『春秋』の編年に合せて編集したものと考えられる。

孔子:BC552〜BC551or―BC479)。古代の思想家。儒教の祖。

左丘明:孔子と同時代の人。孔子の弟子と伝えられる。

春秋時代:周が東西に分裂したBC771年から、現在の山西省一帯を占めていた大国「晋」が三国に分裂したBC5世紀までの、およそ320年に渡る期間を指す。

後漢書:後漢時代を記した紀伝体の歴史書。正史の一つ。120巻。

    後漢(25220)の歴史を叙述しようという試みは、後漢当時から行われていた。

そのうち本紀10巻、列伝80巻は范曄(はんよう))398445)の(せん)であり、志30巻は晋の司馬(しば)(ひょう)(≒240〜≒306)の『続漢書』の志であったものをとっている。

これ以前にも7〜8種類の《後漢書》があったといわれるが,それらはいずれも失われ,最後の范曄のものだけが残って正史とされる。

范曄(はんよう)398 - 445年)は、南朝宋の政治家・文学者・

       歴史家にして『後漢書』の作者。

紀伝体:本・世家・列などから成る歴史書の書体。

       (史記を始めとする)

本紀:紀伝体の歴史で、帝王1代の事跡を記したもの。

世家:諸侯に関する記述。

列伝:個々の人物、特に国に仕えた官僚の

     一生を記したもの。

志:天文・地理・礼楽・制度など、分野別の歴史。

表:各種の年表や月表。


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