便 省 人
一 超 一 生
分 脱 分 減
人生減省一分、便超脱一分。
人生、一分を減省せば、便(すなわ)ち一分を超脱す。
人間あるところで(例:名誉・利益……)一部を減らしたり省くなどをすると、その他のところで一部を超脱しえて益が生まれる。
諸般に通じる道理だ、という。
また、別の書によれば、
* 人生で減らすことを考えて実行すれば、それに比例して俗世間から抜け出ることができる。
* 知恵を減らせば、本性(人間本来の本質・心構え、人間らしさ)を全うできる。
<愚生注>知恵:この場合は、(老子)知恵出でて大僞あり(大昔の自然の平和な生活から時を経て、法律・諸規則が生まれた
のは、人の小賢しい知恵が発達したせいであり、それに伴って、嘘・騙しも生じた、とする説 )
*減らすことを考えずに、増やすことばかり考えている者は、自縄自縛しているようなものだ。
とある。
<管 見>
(短見ながら推測すれば)、洪自誠のいう「益」とは、僥倖・利得などではなく、
* その人にとって、精神的に充ちた人生のためになること。
* 陰乍ら、世(他者)に役立つこと。
を指し、公益・慈善を意とするものだろう。
言わば、皆が少しでも良いから自益を譲ることに努めれば、砂子長じて巌となる≠ナ公益が生まれる、ということだろう。
愚生の(三十歳〜現在までの)経緯を臆面もなく記せば、
* 思うことあり、二十九歳のとき人生の岐路に立ったが、上司による慰留や当面の職務のけり(決着)の目処が立たぬこともあ
り、一年間の猶予の後に退職し、自営。
* 思うことあり、四十二歳頃、廃業。
* その後、転々とした放浪生活。
ただ一貫して守ったのは、
・ 足跡を残さぬこと。
・ architectureの職種は固守する。
※ この頃前後していたかと思うけど、「My・Way」(Lyrics by Paul Anka.有馬三恵子訳詞
〜後日、この詞を思い出しながら掲載したい、と考えている)を自身の生き方と重ねて聞いていたことを思い出す。
* 六十歳、近親者をはじめ全ての交際(含む、賀状)を絶った。
* 六十五歳、現役を退く。
* 改めて、学習生活に入る。
結果として、益(心友・安らぎ・生き甲斐)を得た。