2022年06月13日

大学 5

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       之
            矩

       

(けつく)の道。

自分の心を尺度として、

その心を携えて人の心を慮っていく。

つまり、思いやりの道である。


<管 見>

この至言は、「忠恕(ちゅうじょ)之道」()に通じる、

という。

そして、同じ章に「上に(にく)む所、

以て(しも)を使うこと(なか)れ」の至言がある。

この意は、

上の人の自分に対するやり方が

不当だと思われるならば、それを教訓として

、自分が下の人に対する場合にはその同じやり方を

してはならない。

つまり、

「己の欲せざる所は人に施す莫れ」である。

他人からしてもらいたくないことは、

自分も他人にしない。

自分が嫌なことは、同じように他人も嫌

なのだから、当然しないことだ。


これは、前後左右・上下・遠近などを問わず

あらゆる人間関係にいえる事だろう。

若し、円滑な人間関係を望むならば、

自分以外の人から人として道理に合わない扱いや

理不尽なことを強いられた場合には中継するのでなくて、

己のところで絶つことが肝要なのだ。

つまり、自分が不当な扱いをされたからといって、

その腹いせを他の者にそっくり同じことをする

のではなく、己のところで止めることが肝要なのだ。

己が味わった痛みを、

教訓として捉えて他に及ぼさないようにするのが、

人間の取るべき道であり、

それが即ち、「思いやり」の道なのだ。


性善説(孟子)〜本性は善だが、

物欲などの後天的行為によって悪となる。

性悪説(荀子)〜〜本性は悪だが、

学問などの後天的行為によって善となる。

との説があるが、

何れにしても善悪の多少にかかわらず、

内臓していることは、間違いなく我々人間

の実態であろう。


人間の性ともいうべき規範()は、

私たちが何をすべきか何をすべきでないかを

示すものである。

これは、法律などで法的根拠に基づき

法制化するようなことの以前の問題という、

人間として基本的な嗜み(節度)というものであって、

不文律()の範囲内のものである。


〈用語注〉:

(けっく)(ものさしを当てて計ること)

⇒自分の心をもとにして他人の心を

思いやるというやり方。

即ち、思いやり。

忠恕(ちゅうじょ)之道:真心と思いやりの生き方。

(ねた)み:自分には無く他人が所有することが羨ましく、

   相手に対して憎しみや怒りなどの感情を持つこと。

(そね)み:自他を比較し、他人の優れた部分を羨ましく、

   悔しく思うこと。

規範:行動や判断の基準となる手本。

不文律:暗黙のうちでのきまりやルール。


posted by 頑輝 at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記
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