2022年07月11日

中庸 4

81中庸 C.jpg

義とは宜也

義とはそのときの宜(よろ)しきに従っていくことだ、

いう。

「仁」は、人を慈しむ考えが強く、ややもすると情に溺れ

がち、である。

そこで、ある場合には(よろ)しきに従って、

それを断ち切ることもしなければならない。


<管 見>

*義:羊+我の形声文字。原意は、羊を鋸の象形で、

羊を生贄として刃物で殺すさまから、厳粛な作法に則った

ふるまいの意。

このことから、人道のために尽くすこと・名利を離れて正

い道に従う、などの意を表す。

*宜:象形文字。甲骨文・金文は、まな板の上に肉片を乗

   た形で、出陣の際に行われる儀礼の調理の意。

   転じて、よろしいの意を表す。

   篆文では、会意文字で且+宀(屋内を表す)となり、

   上記の調理を屋内で行うこと。

   これらから、よろしい(筋道に適った正しい・相応しい)

   などの意を表す。

即ち、「仁」との大きな違いは、湧き上がる情を敢えて断

ち切っても断行することである。

そのことで頭に浮かぶのは、北極に住む白熊の親子のシー

ンである。

前日まで舐めるように可愛がって育児に励んでいた親熊

が、自立させる頃合いを見極めると、突然突き放すような

行動に出るのだ。

その画面を見ていた愚生は、親熊が狂ったか?とさえ思っ

た。

だが、<やがては老いて…その先を考えれば…>の親心を

知るに至って、胸の底から湧き起る感動で目頭が熱くなる

のを禁じ得なかった。

さらに、白熊に限らずあの優美な姿で知られる丹頂鶴

(タンチョウヅル)も、然りであることをテレビで知った。


森羅万象においては、生死という生物の運命を免れること

は、決してできないのである。



posted by 頑輝 at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記
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