2021年07月26日

洪自誠(菜根譚) B

31洪自誠-B_20210401 (8).jpg

             好
       好  
          不  名
       利  
          殊

名を好むは、利を好むに殊(=異 こと)ならず。
<注> 殊=異⇒他と違う。

名誉を好む心は、利益を好む卑しい心と結局は同じことだ。

どちらも、好ましいものではない、ということである。


出典の「菜根譚」(後集―八十)に則ってもう少し詳しく記せば、

@   国を譲るといわれても「義」(道理)を重んずる人は断る者。

一方、

➁ 「利」に貪欲な人は、只で貰えるものならたとえ端金(小金)であっても受け取る者。

一見すると、@とAでは天地の程の差があるようだが、「欲望」という点では同じだ、という。

「菜根譚」によれば、

  天子は、国全体を統べる()ことで身を削る思いで日々を過ごす。

  乞食は、少しでも多くの喜捨を受けようとして懸命である。

二者を考えると、天地雲泥の差に思える。

だが、「欲望」を満たすという点では、同じだ、と説いているのだ。


<管 見>

愚生の思惑は、「菜根譚」(洪自誠)の趣意には沿わないけれど、

  名誉

  利益

  名利共

  技芸等の趣味

  他、諸々

などの「欲望」があっても(或いは、持っても)良いのではないか、と思うのだ。


この世にあっては、色々なタイプの人たちがいるのが人間社会なのだろう。

それぞれにあっては、相性というものが歴然と存在することは、自明の理である。

ならば、相性次第で夫々が自己責任のもとに夫々の「欲望」・「願望」などを為し、満たすならば、それはそれで良いのでなかろうか。


愚生など凡人は、無為・無味乾燥な生には、とても耐えられない。


愚生は、或る事を切っ掛けに三十歳の頃、名利にから離れた生き方を選んだ。

それでも、思わず遭遇した災厄から逃避せず努めれば、身に余るご褒美を頂戴することもある。

その時に頂いたものは、傍目には細やかであっても、愚生にとっては大きな「願望」を満たす結果となり、そのご褒美は有り難く頂戴した。

これからもそうありたい、と、今でも時に触れては懐かしく思い出し、当時のことをしみじみ味わい直している。


ただ、それを守ることが成文法()とまではいかなくとも、そこには最小限のルールというか不文律があり、それを犯してはならないであろう。

それは、上記の各種「欲望」を満たさんとして、

他者の心身に対して、

  傷つける。

  足を引っ張る。

  酷評する。

  悪用する。

など犠牲を強いてはならない、ということだ。


所謂、大きな戦いだけでなく些細な諍いであっても、そのような行為の果ては不毛な時だけでなく、負の遺産(迷惑)を遺すことになることであろう。


そして、全てに満足する人生は、先ず無いと観念することも必要だ。

どうせこの世は「泡沫夢幻」だというけど、努力もせずにそもそも無茶な「願望」を満たそうとしても、それは端(はな)から叶わぬ、それこそ夢幻なのだ。

だから、ほどほどの(粗茶でも、僅かな渋茶ほどの)味わいで満足するのが肝心だ、と思う。

        
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2021年07月19日

淮南子 D

30淮南子-D_20210401 (6).jpg

      遺     守
      萬  而  一
      方     隅

一隅を守りて、万方を遺(わす)る。

<注>万方: あらゆる方面。すべての方面・種々の方法・全ての手段。


<管 見>
一か所或いは一面・一方の隅だけに神経を集中していると、その他のことがお留守になってしまう。
つまり、一部のみに集中していると全体を把握することができず、失敗・危険等を招いたり、災厄などの場合には周章狼狽するばかりで、咄嗟の行動に支障をきたす結果となる、というのだ。
然も度し難いのは、その悪い影響・結果は、無関係な人たちをも巻き込むのである。

ソクラテスの言葉に「無知の知(自覚)(人間は、広く・複雑なこの世を知ることは容易ではないのに、全てを理解していると過信しがちだ)というのがある。
言い換えれば、「自分自身が無知な状態であることを自覚する」ということで、人としてその年齢に即したまともな言動を知り、身に付けることに努め、実行できるようになれ、というのだろう。

ところで、「無知は幸せ」という言葉は、よく世間で言われ耳にするけれど、
  「当人」自身は幸せなのかもしれない。
だけど、
  「当人」以外には大変な支障(迷惑)を及ぼしている。
なのに、「当人」には加害者意識というものが皆無なのだから、手に負えない。

また、「無知」というほどでもないが、身近な「小智()の者」を例に考えてみると、一般常識からすれば、「おらが村の雑草の蔓延った丘(おか)」が、気高い富士山だと思い込んでいるのに似て、その様は滑稽さ・阿呆らしさを通り越して哀れすら覚える。

とはいえ、周囲は「忠告が仇となる」ことを周知なので、誰も当たり障りなく接している。
そのことも知らずに、当人は皆と和合どこらかリードしているつもりなのだ。

だから、陰で顰蹙を買っても、平気で同じことを繰り返して憚らないのである。

類語に、「近視眼的(発想・考え・判断・・・)」・「木を見て森を見ず」という言葉がある。
ある微小な部分のみで考え・判断・実行すれば、結果は火を見るよりも明らかであろう。

愚生のつむりの髪は、かなり以前から床屋に行かず自分で剃るけど、それも十日に一度位だ。
なので、「おらが村の丘(おか)」を「他山の石」として、「心の乱れ髪」を剃ることに努めたい。


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2021年07月12日

淮南子 C

29淮南子ーC_20210712 (4).jpg
        
        不   知
        知   遠
        近   而
遠きを知って、近きを知らず。
遠方のことは解っていても、手近なことは解らない。
他人のことはよく見えるけど、自分自身のことは見えない。

<管 見>
見る・聞(聴)く、ということについて考えてみると、他人の出来事は冷静に見たり聞いたり出来るのに、自身のことになると沈着冷静にとはいかない。
特に、いざという時とか、咄嗟に判断して言動しなければならない時には、普段通りの自分らしさが果たしてどれ程取り出されるか、となると些か心細い限りである。


特に自分自身の全てを見るということは、先ず不可能であろう。

また、自身の話していることを冷静になって聞くということも、容易ではない。


即ち、見る・聴くができないのだから、他の感覚も然りだ。

特に省みる事の無い人は、自ら或いは身近なヒト・モノ・コトについての正確な実態を把握できていない。


それなのに、一番困るのは手前勝手な性分を直そうとしない。

それどころか、足元も見ずに流行もの・ブランドものなどを追い、その質より名で求めたりする。


また、佞人しか認めないのに、自身は有能だと何処までも誇って憚らないという、自己中心的な生き方を捨てきれないという厄介な輩もいる。


「自分の盆の窪は見えず」という言葉がある。

然し、エゴイストは「己の心身全体は見えず」或いは「自らのことは見て見ぬふり」なのだろう。


やはり、ただ馬齢を重ねるだけでは駄目だ、ということだろう。

人それぞれには、得手不得手はあろうし、能力にも各々の差は当然あるだろう。
でも、どんな時にも日頃努めを怠らなければ、一升瓶には一升しか入らないけれども、さてという時にはその一升瓶分の力が己の身や、人様のために働き、凌いでくれる筈である。

所詮、自身のことを正確に把握でないのであれば、中身を満たすことに日々精進するしかあるまい。

それを信じて、己の道を歩き究めようではないか。
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2021年07月05日

淮南子 B

28淮南子-B20210401 (2).jpg
        容   蜂
        鵲   房
        卵   不
蜂房(ほうぼう)は鵲卵(じゃくらん)を容(い)れず。
<注>
鵲(じゃくーかささぎ):烏に似ているが、尾が長く背と腹は白い。
           全長は46センチほどで、烏より小さい。

蜂の巣の小さな穴に大きな鵠(こうのとり)の卵を入れることはできないように、小器には大量のもの収容できない、ということである。


<管 見>

淮南子は、上記のような例を取り上げて器量について述べている。

でも器には、大小や異形のものなどさまざまな種類があるし、また如何(多様な)なるものにも対応するには、普段からどのような心構えで臨む必要なのだろうか?


そこで、今頭に浮かぶままに任せて、以下に記してみたい。

  どんな容器(器量)であっても、働きを七〜八分目にとどめることが肝要。

健康法として、食事でも「腹八分目」・「軽めの食は長寿の源」などと言われるのは、そうでないと、内臓(胃など)の働きが十分に機能しないことに加えて、肝心なものを疲れさせてしまうらしい。

同じく頭の働きも、詰め込み過ぎは逆効果になってしまう、と心得るべきだろう。

  「兎と亀」・「蟻とキリギリス」・「駑馬十駕」などに倣い、「千里の道も一歩より」を胸に日々努めることだ。

そして、辛抱して「一生懸命」に挑み努めれば、

  真の姿が見えてくる、すると、余計(無駄)なものに振り回されず、集中して持てる力を十分に発揮することができる。

  継続していれば、やがてその真髄に触れることで、だんだん面白くなってくる。

  その姿から心を慮る廉直な心の持ち主と、「相知心」が生じて支え合える

また、因と果を考えれば、

*「近道()」には、それに見合った少量の結果しか得られない。

*「遠回り()(手数をかけるほど)すれば、それ相当の結果が得られる。


巷間、後期高齢者などと言って、形ばかりの憐憫の情を寄せて由とする向きが多い。

だが、実年の本来の意は、肉体を指しているのではなく、精神にこそ意義があるのだ。


ことの序でに記せば、実の旧字「實」は、「屋内に宝がいきわたる」という会意文字なのだ。

これは、屋内⇒心(精神)に宝⇒人としての至重(尊く大切モノ)を有す、とも言い換えられるから、

満ち足りた精神の持ち主が齢を重ねても、更なる精進に努めている者を指すともいえるのである。


まだまだ、秘かにではあるけれども、挑み続けている気力に満ちている者がいるのだ。


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2021年06月28日

淮南子 A

27淮南子-➁_20210329 (2).jpg

      日
      慎
      一
      日
日に一日を愼む。

その日その日に謹慎(心に言葉の意を十分を塗り込めて、外に向けての言動を控えめにする)して、
今日は昨日より、明日は今日より、と謹慎を重ねる。
それが詮ずるところ、一生を通じての修養となるのである、というのだ。

<管 見>

本来コトを行うのは、誰かのためにとか何かを期待して為す、というのではないのだ。

自ら発した因の基に努め、是非は兎も角その果は己の責であるのだ。

従って、因果律は自律のもとに努めるのは、極、当たり前のことなのである。


古代において天子が政治を執り行うに、下に仕えし者は各々のあり方で諫言した、という。

*三公九卿(最高位の三人の官職とその下での実務者の九人)は、

諫争(争ってまで諫めた)して直に正し、

*博士(学問・技術専門の官職・称号)は詩(学・技の全般)を誦(読誦・暗誦)し、

*楽官(音楽を司る官職)は箴(戒めを)し、

*師官(技芸の官職)は誦し(詩歌などを唱える)

*庶人(一般大衆)は語を伝え(伝承)し、

*史官(歴史官)はその過失を書(書物を著す)し、

*家宰(家長に代わって取り仕切る者)は、道理に反する場合は膳(食事)を取り下げる、

などしてそれとなく諫めた。


それでも古代の聖王は足らぬとした。(さらに諫言を求めた)

堯・舜・成湯・文王・武王などは、僅かばかりの過失にさえも備えを怠ることはなかった、という。

そもそも聖人であれば、己以外の善ならどんなに小さくとも必ず讃え、自身に過失があれば如何に微小であっても必ず改めるものであろう、ともいうのだ。


堯・舜・禹・成湯・文・武の諸王は、皆な天下に裏表の無い人として君主の座に在った。

その在り方は、

*王者の禮たる食時の太鼓、食終の奏楽を欠かすことなく(天・神に対する礼?)

*食後には竃(かまど)を祭って恩恵に感謝し(天・神・大自然に対する礼?)

*事を断ずるに祈ることなく(自己責任において物事を決定・裁断し、天・神に責任転嫁せず)

などを天・神から与えられた当然の職務としていたから、

それ故に、

鬼神は祟らず

*山川は禍を及ぼさず、

だったのであり、まさに高潔の極みと言える。


このような状況にあっても常に過ちが起こることをを恐れて、常日頃から己自身を反省することを怠るようなことはなかった。

このように聖人と言われる人を観てみれば、聖人の心というものはなんと小さなものであろうか。

(これは、侮りの言葉ではなく、心から崇め奉る言葉なのだ)


「詩経」に、

維れ此の文王、小心翼翼たり、昭(あきら)かに上帝に事(つか)へ、ここに多福を懐(いだ)く、と。

これはこのような聖人の姿を讃えたのであろう。

聖人は、決断を下して実行する時の言動は大胆だが、その前の段階では「小心翼翼」(臆病者)と言われるほど熟慮に熟慮を重ね、慎重に事を運ぶ過程を疎かにしないものなのだ。

つまり、「胆大心小(度胸は大きく、注意は細かく)」である。


後世、聖天子・聖王と言われた所以は、宜なるかなであろう。

だがこのように、範を示されて何千年も経ても、
*益の少ない労は、惜しみ。
*諫言より甘言を好み。
*姿・形といった、外見に拘り。
*周囲の迷惑を顧みず。
*自身のことを棚に揚げて、日々他人の噂話に明け暮れ。
*自律を基とした慎みを怠る許りか、剰え、法までも冒す。
……。
自粛生活やワクチン接種・予防の徹底次第でコロナウイルスは防御できても、
上記のような心の貧しさによる人災は、防ぐ方法は無く精神衛生に打撃的な支障を来すのである。
そして、それによる被害者は黙して語らずで、その訳は……。(知る人ぞ知る)


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2021年06月07日

荘子 ➅

荘子 ➅_20210302 (4).jpg

       臣
       有
       守
       也

臣、守り有り。

私には、どうしても動かすことのできない主義主張があります。


(おもり)を作る工人は、歳が八十になっても作品に寸分の間違いとか手抜かり無かった。

ある人が、その道を訊ねた。

すると、その工人は、

「私は、権(おもり)を作ること以外は、何事にも目を向けないでやってきた」

と言った、という。


<管 見>

権:音読ではケン()・ゴン()

「解字」によれば、形声文字で、(元々は)測ろうとするものの重さと同じ重力(重さの原因となる力・引力)で、引く分銅の意味。

子供の頃、棹ばかりや天秤で目方を測るときに、分銅を加減して測っているのを見たり、見様見真似で手伝いをしながら測ったこともあった。(あの頃は、勉強より仕事を手伝う方が褒められた)

また、転じて権力の意味を表す(こちらの方が主に用いられている)


工人:工作を職業とする人・職人


道 :漢和辞典によれば、道路・道理・条理・万物の根源・働き・手段・主義主張・教訓・制度などの字義の他に、「技芸(の道)」の義がある。

  従って、今回の場合に該当するのは、「技芸(の道)」だろう。


名工と言われる人がインタビューに答えてのコメントでは、これまで一度だって、満足したものは出来ない」とか、「一生修行です」というような言葉を見聞きする。

これは決して、単なる謙遜とか言葉の綾などではなく、本音だろうと思う。


やはり、モノづくりを天職とする場合、満足・慢心・妥協は最大の敵なのだ。

この意図するところは、単に技術・技能といった形而下(物質的・感覚的・具象的)よりも、形而上(精神的・理念・普遍・実証的・抽象的)といった点においての拘りだと思う。


言い換えれば、体に沁み込んだプロ根性というか職人魂が許さぬのだ、と受け取るのが至当だろう。


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2021年05月31日

荘子 D

荘子 D_20210302 (2).jpg

             以
          養  鳥
       養    
       鳥

鳥の養いを以て鳥を養う。
さもないと、鳥は心から喜ばない。

昔、魯国の郊外に海鳥が飛んで来た。
珍しい鳥が来たというので、魯侯はこの鳥に音楽を聞かせ、人間の食べるご馳走を与えた。
然し、鳥は少しも喜ばず、食さないまま三日にして死んでしまった。
<教訓>
志の高い士は、ただ高い位や高禄だけで迎え入れることのできるものではない。
<注>「魯国」:「周公旦」の子「伯禽」を始祖とし、春秋・戦国時代に存在。(BC1,055〜BC256)
        春秋時代(BC770〜≒BC450)末の「孔子」(BC551〜BC479)はこの国の人である。
        現在の山東省南部に位置した、という。
        孔子の死後、衰退が顕著となり、やがて楚国に併合されBC249に滅亡。
        序でに記せば、「荘子」はBC369〜BC286。
<管 見>
何故、海鳥が珍しいのか?
暫く(2〜3日)の間、思いが及ばなかった。
    
ある朝、天気予報を見ていた。
すると、やがて全国から関東甲信越地方の画面に変わった。
その時、長野・群馬・栃木・埼玉・山梨などの県が海に面していないことに気付いた。
    
つまり、上記に連鎖して「魯国」は、黄海に面している部分もあるが、当時の都であった「曲阜」は、
黄海から西へ入った内陸であったことに、ようやく思いが至ったのだ。

よくよく自らの愚かさを思い知り、恥じることに至った。

つまり、「荘子の名言」云々の前に、我が身を顧みない自身の傲岸さを、改めて思い知ることとなったのだ。


というのは、自身に湧いた疑問を何の思慮もなしに、自分以外の誰にでも当てはまることとして、当然のように(海を背に育った己のことを中心に)前提として扱ったことにその因がある。

生来の不遜な性が、僅かな綻びから露呈しまったのが真相なのである。

この世には、内陸で育ち終生その地で、幸せに暮らす人たちへの思いが至らなかった訳になる。


その人たちからすれば、「内陸特有の優れた諸々を何も知らない輩が……」、となるだろう。

浅はかな自分に、今さらながら呆れるばかりである。


だから、前記の疑問は今更の感が拭えないけど、

魯国の都・曲阜の位置を考えれば、海鳥が珍鳥なのは当然なのである。


そんな愚生に、「魯侯」に対する論評などは出来ない。


従って、今回の「魯侯」に対する<管見>は、差し控えることにしたい。

     

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2021年05月24日

老子 7

22 老子〜7_20210224 (2).jpg


       希
       言
       自
       然
希言は自然なり。

<注>
「希」   :音声の最も幽かな声(音)。
「希言」:無声。
音声が出るのは、
何かが何かに衝突したり、また、何かが何かと摩擦するときにのみ起こる、という。
「希言」(無声)こそが自然のありようだ、と老子は述べているのだ。
これはまた、無理をしてはならない、という戒めだとも言明している。

<管 見>
つまり、「無理押し」(強引)をすれば、複数のモノ(コト)がそれを基に一方乃至複数のモノ(コト)が、連鎖的に作動してそれらが交わる時に、音(声)が発生するのだ。
さらに、必要以上の力が作用して交わる時には、それに比例して激しい(増幅した)音声が生ずるのである。

これを老子は「無理」と表現。
「無為自然」は、老子の基本姿勢なのだ。(既述)

そう言えば、特に気にかかることがある。
それは、この世に必要以上のことが、益々著しくなっていることが多いことだ。
例えば、
*人工照明
*人工音(奇声・擬音)
*道(心)を忘れた勝負(勝ち負けの拘り・他を無視した無礼な言動・・・)
等々、である。

個々については、述べれば際限がないので省く。

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2021年05月17日

老子 ➅

21 老子〜6_20210223 (2).jpg


          
       者
       不
       行
跨ぐ者は行かず。

大股で歩く者は、決して遠くまで歩き続けることは出来ない。
何故なら、無理をしているからである。

<管 見>
この語句の前には、「跂者不立」[跂(つまだ)つ者は立たず]と、述べている。
つまり、背伸びをしてつま先だてば、重心が上がり接地面積が狭くなるから、当然不安定な状態となる。
その結果、しっかり立つ事も,また同じ状態を維持することも出来ない、という訳になる。

そして、歩幅を広くしてで歩けば、疲れてしまって歩き続ける事が出来ないのも,また然りである。

上記に記した「無理をする」のは、能力が無いのに他者より優位に立とうとする短慮が為せるのだろう。

ところで、「跂者」(きしゃ)も「跨者」(こしゃ)も、陸(ろく)・水平ではなく、傾斜・偏見・歪の類である。
* 自らや佞人の言動を全く正しいなどと吹聴するものは、明智の持ち主とは言えまい。
* 自らや佞人を限りなく是とする者は、独善的・自己陶酔型の偏った「心満意足」しか得られまい。
* 自惚れが強いものは、阿諛追従の輩以外(声なき声)からは褒め称えられる事はあるまい。
* 慢心の強いものは、それ以上成長する事はあり得まい。

老子の無為自然の勧めは、「自然に生きよ」という勧めに他ならない。
自分を大きく見せかけようとして、背伸びをしたり、人よりも少しでも早く目的地へ到達しようとして大股で歩いたりすれば、それは長続きせず、必ずいつかは、息切れがして、躓いたり、倒れたりしてしまうだろう。

序でに記せば、それらを断れない、これは無理だ、出来ないと言えないのは、何故なのか。
そこにあるのは、
   *人との競争に負けたくない、
 *立身出世の道から外れたくない、
 *駄目な奴だと思われたくない、
 等々、(見える形だけに心を砕くといった)自身を偏愛した欲望と見栄以外の何ものでもない。

これらは総て自分で自分の首をしめる行為に他ならない。
 *無理をしない、
 *背伸びをしない、
ということは、自分に相応しい努力をしながら、分を弁える(知足)という事に他ならない。
そうすれば、本当に楽に暮らせるよ。

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2021年05月10日

十八史略 @

S十八史略 @_20210219 (4).jpg

            指
        鹿
        爲
        馬
鹿を指して馬と為す。

鹿を指して、馬だという。
人を威圧して馬鹿にする、また人を愚弄することの意。

これは、秦の丞相・趙高の強弁だという。

<注> 趙高:宦官。始皇帝の死後権力を握り、遺言を書き換えるなど横暴ぶりを発揮した。

      

趙高は、秦の二代皇帝に末子の胡亥を強引に即位させて実権を握ると胡亥を傀儡化し、自らは裏で形ばかりの皇帝を操る黒幕となった


そして、自らの権力ぶりを誇示するために皇帝の胡亥に「鹿」を献上して、

「これは、馬です」と言った。

皇帝は、不審に思い臣下たちを見たが、殆どの臣下は趙高を恐れて黙っているか、「馬」と答えた、というのだ。

<管 見>

愚生の経験からすると、全員が趙高に対して幇間のような者ばかりではなかった、と思う。

少なくとも、一人くらいは剛直・頑固者がいただろう。

何故なら、何時の世にも世間から変わり者、と言われる愚直を良しとする奴がいるのだ。

だから、そのような想定から、次記のようではなかったか?

@「馬です」と言った者。

➁「・・・」ただ黙っている者。

B「鹿です」と答えた者。

これら三者の答弁に分かれたのが、真相であろう。


@は、趙高に媚び諂う輩。

➁は、洞ヶ峠・日和見を決め込む輩。

Bは、事実をありのままに述べ、反骨精神を示した人。

Bの人たち(一人若しくは少数)は、即、殺害された。


その後も、事あるごとに賢者たちは次々と処刑された。

結果、始皇帝健在時には、豊富であった有能な人材も枯渇することになった.


趙高は恐怖政治を敷いたことと合わせ、大いに民から恨みを買うことになったのだ。


やがて、秦帝国は崩壊への道を辿ることになる。

本当は、「民」(弱者)ほどいざという時には強くて恐ろしい者はないのだ、ということを知るべきだ。


然し、それを知った時には、時すでに遅しなのである。

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2021年05月03日

洪自誠(菜根譚) ➁

R洪自誠(菜根譚) ➁_20210219 (2).jpg

              病
          以
        保   可 

        身     

病は以て身を保つべし。

病気というものがあるがために、人々はとかく等閑(なおざり)がちな保健衛生に注意を向け、
心身の健康を保つことに留意するのだ、というのである。
要するに、物事は捉え方次第で大きく変わる、ということだ。

<管 見>
そういえば、確かに「過去」は変えることは、何人にも出来ない。
然し、その「過去」(結果)の捉え方次第で、「現在」「未来」への姿勢を変えることは可能だ。
つまり、捉え方次第で結果に大きな差が生ずる、という訳になる。
例えば、「逆境」に立たされた時、
@この「苦境」を自分への人生の課題だ、と捉えて努め励む者。
➁この「難局」には耐えられないと諦めて、背を向けて匙を投げだしてしまう者。
@の場合は、無限の可能性を秘めている。
➁の場合は、可能性は皆無であり、その結果同じことを繰り返すだけで、何も残らない。
その差は、天命によって生を受けた者として、
*全う⇒完全燃焼⇒満ちた人生
*放棄⇒不完全燃焼⇒虚しい人生
となる。

また、病気をするとそれを機に我が身を大切にする心が芽生える。

したがって、どんな心配事もそれは喜びの因になるとも解釈できるだろう。

また、そのように理解するべきだ、というのだ。

人は、「順境」だと喜び,「逆境」だと悲しむ、というのが一般である。


然し、「禍福は糾える縄の如し」である。

従って、順境の場合は、有頂天になって手放しで喜ぶのではなく,次に備える心構えが肝心である。

また、逆境の場合には、「一陽来復」を訓言とし、諦めずに頑張ることが大切なのだ。


真人と言われる人は、喜びだとか悲しみだとかの区別を忘れている、いわれる。

つまり、微生物の世界も宇宙の世界も、陰・陽、正・負、調和・不調和などは僅かな現象なのだ、という。

だが人は、

「苦」の場合は、大きく・長くなど「負」を実際よりも重く。

「楽」の場合は、小さく・短くなど「正」を実際よりも軽く。

と、受け止めがちである。

だが、それは心身の健康状態とも相俟って、決して一様ではない。


それに、禍福は特別な人だけに訪れるものではない。

万人の人生に等しくやってくる「ごく当たり前のこと」という風に捉えるのが賢明なのだ。


さらに短見の歩を進めれば、

災厄は、人類の傲慢さに対する天命なのだ。

今、直面している難問題を克服しても、決して終わりは無いだろう。

何故なら、人の「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という性がある限り永遠に続くからである。

それは、苦労して積み上げた石積みをいとも簡単に崩されるに等しく、反省と果たすべき努めを、際限なく繰り返し求めるものと、解すべきである。


ならば、継続した生のためには、「一病息災」をキーワードとして暮らすことだ。


人は、誰しも僅かの安らぎのために、日々の大半を費やすのを当然として生活している。

畢竟、少しの楽しみのために、多くの努めを惜しまないのが人生の嗜みだ、と思う。


苦い体験を経て経験と昇華した時、改めて「苦しみこそ人生の糧」だとしみじみ味わうことだろう。



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2021年04月26日

洪自誠(菜根譚) ➀

Q洪自誠(菜根譚)➀_20210211 (2).jpg

                水
         境  
         無   
         聲
水流れて境(きょう)に声無く、喧(けん)に処して寂を見るの趣を得ん。
<注> 境:四境=四方の国境=周辺

大河は、漫漫としながらも周辺は音がしない。
その訳は、大きくて流れが緩やかだから、という。

<管 見>
確かに、悠然としたさまは大河なるが故であろう。
だが大河たる所以は、ただ視覚から受ける感性だけではない、と思う。

その視覚からの雄大さに比して聴覚で感ずる音の量は比例せず、
黙するが如くであることが、悠然さを一層のものとしているのだ。
それらの感覚が融合して(作者〜洪自誠の)琴線に触れ、大河の味わいを覚えたのだろう。

そこには、ただ見える形が幅広く長さ大なるという、横方向の面的な、というだけではないのだ。
だから、この場合の素因には、縦方向(立体的)である水面から下(底までの深さ)にこそ、その趣意があるのだ。
また敢えて付すなら、形の長大さと幽かともいえる音の組み合わせが、絶妙の味わいを醸し出していたのだろう。

つまり、「見えにくい」・「聞こえにくい」からこそ、心に深く沁みるのだ。
そして、そこに大義があるのだ。

人も然りだろう。

昨今、これ見よがしの音・色で溢れかえっている。
目も耳も、鈍くなってきたのは、あながち加齢の所為だけではあるまい。

そう言えば誰かが言っていたけど、あの婆さんの口から出るのは「話し声」ではなく、「騒音・雑音(おと)なんだよ!」と・・・。
それを聞いたときには、思わず声を出して笑ってしまったけど、蓋し「名言」だと感心した。
懐かしい話しになってしまったけど、あれから何年経ったろうか。

自粛すべき時なのに、益々騒がしくなる一方の世間。
感覚機能である「五感」だけでなく、人間性の要素だと言われる「知情意」までもが、麻痺されてしまう。
これはもう人間社会ではない状態である、と言わざるを得ない有様だ。
嘆かわしい限りである。


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2021年04月19日

荘子 C

P荘子 C_20210208 (2).jpg

       愚
       故
       道
愚なるが故に道なり。
「愚」は、世間的には歓迎されない。
然し、その愚には人間の賢しらな知識が働いていない。
だから、それこそ本当の道に合するものだ。

<管 見>
「愚直」という言葉がある。
言い換えれば、「馬鹿正直・一途なこと」ともいえるだろう。

「愚直な人」は融通がきかない。
だから、規則・約束を破ったりされることを嫌う。

相手が目上だろうと目下だろうと、区別はしない。
つまり、相手によって対応を変えたりするようなことはせず、自我第一なのである。

要するに、柔軟な対応能力に乏しいともいえる。
損をすると頭で解っていても、どうしても精神が許さないから、我が道をいくのだ。

形だけの名利の者に限らず、佞弁で世間を渡っている輩は、「諫言」よりも「甘言」を好む。

なれど、「愚直者」には権力者の顔色を窺っての言動なんてことは、死んでもできないのである。


何時の世でも、「愚直者」は少数派である。

従って、世間的に喜ばれない。

然し、その愚には人間の賢しらな知識が一切働いていないのである。

だから、それこそ本当の道に合するものだ、と荘子は説く。


マイ・ウエイお世辞まっぴらで 損もするけど…(有馬三恵子・訳詞)と、かつてのバーブ佐竹は歌っていた。

まさに、「我が生き方・我がやり方・我が道」であり、俺にはそれしかないし、それしかできないのだ。


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2021年04月12日

荘子 B

O荘子 B_20210206 (2).jpg

      樂
      出
      虚
樂は虚に出ず。

音楽の音は、笛にしろ、鐘にしろ、全てその空虚の部分から起こっている。
人間も心を虚(空・殻〜内部が空っぽの状態)しくしていなければ、本物は生まれない、というのだ。

<管 見>
改めて、「寡欲」を守り、「虚心坦懐」に努めたい。
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2021年03月29日

老子 C

,M老子C_20210203 (2).jpg

            國   民
        家   多
        滋   利
        昏   器
民、利器多くして、国家滋々(ますます)昏し。

文明の利器がふえてくると、世の中は明るくなるよりも、むしろ暗くなってくる。

<管 見>
科学というものの目的は、人々の幸せのためという純粋な心からスタートしたものである。
そしてその思い(願い)は、人智と天恵により実現する。
だが、この恩恵を得る人間は、「諸刃の剣」という言葉を熟読玩味せねばならない。

便利さは、幸福のみを齎すものではない、ということだ。
然も、それはやがて体験⇒経験によって、災禍が利便さを凌駕することを思い知ることになる。
さらに、それによる人の心身への悪影響に限らず,自然界のあらゆる生物への悪影響をもなのである。
例えていうならば、工場排水による「食物連鎖」が挙げられる。

「人間は考える葦である」(弱い存在だけど、考える能力がある)という言葉がある。
また、
「人間は万物の尺度である」(相対主義〜人によって知覚が異なる)というのもある。

例えば、携帯電話は便利だけど「信の心」を授受をすることが完璧に可能だろうか?

だから、科学技術をもって生物の頂点に君臨している人間は、驕ることなく謙虚に誠実な姿勢を保つことが肝要なのだ。
加えて、現代の便利な機器は人間の心身を衰退させる、ということも見落としてはならないだろう。


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2021年03月22日

老子 B

L老子B_20210125 (2).jpg

                 我
         持 三 有
       保 而 寶
           
我に三宝あり。
  持して之を保つ。

わたしには三つの宝があり、それをしっかりと抱き保っている。
その三宝とは、
「慈」、すなわち「情け」である。
➁「倹」、すなわち「慎ましやか・飾らぬこと・謙虚・控えめ 」な言動である。
B「敢えて天下の先と為らず」、すなわち「人の一番後方(しりえ)にいること」である。

<管 見>
上記(老子)の三宝を玩味し、改めて己に照らし合わせてみた時、
➀は、常に(何時でも・何処でも不変)ではなく、時に応じての情動次第(手前勝手)なのだ。
➁もまた然りである。
Bは、積極的な言動ではなく、己の不徳から招いた結果としての位置なのだ。
だから、愚生の(老子のいうところの)三宝に該当するものは、皆無ではないけれども乏しいものといえる。

愚生自身「日暮れて途遠し」の感を拭えないことは、十分承知している。
けれど、生来の頑固さは今も健在故、これを基にして生ある限り惜しむことなく努め、挑み続けたい。

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2021年03月15日

K老子 A

K老子A_20210125 (2).jpg

            善
           爲    用 
           之  人
           下    者
善く人を用うる者は之(こ)が下(しも)と為る。
(特に、多くの)人を上手(巧み)に使おうと思うなら、自分がいちばん低いところに居る心掛けが必要だ、というのである。
※先ずコトに当たるには、いきなり行動ではなく構想・立案からだろう。

<管 見>
それには、相手であるヒト・モノなどを確り知らねばならない。
加えて、その時の己の立ち位置が肝要となる。
例えば、
➀上からとすれば、頭の天辺しか見えない。〜全体や内部を掴めない。
➁横からとすれば、横(片面)しか見えない。〜仝上。
⑶下からとすれば、相手が下位だと侮って(油断して)いるから、全体・内部まで確り把握できる。

愚生の体験⇒経験から記せば、これを作為的つまり故意に行うには疑問を覚える。
というのは、
*元来(生来)、「徳」の高い性を有する人。
とか、
*「徳」に欠けているとしても、高めようと努力し、その結果数多の人たちから認められた人。
が、自然な形としてリーダーとなるに相応しい人なのだ、と思う。

だから、人生の途次、それも望ましくは若いうちに、己を確と把握・分析して「徳」の限界を見極めたら、
できるだけ下の位置を選ぶことが最良で唯一の生き方だ、と思う。
(というと負け惜しみのように思えるだろうけど、心の底から良い選択だったと思っている)

多様な人生行路、上だ下だと神経を費やすよりも、自己責任で選び定めた職の道に励み、究めることに徹するほうが、
己にとって至道であり、結果として悔いのない人生に繋がることだろう。
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2021年03月08日

荘子 A

J荘子➁_20210124 (2).jpg

                 拙
            用
         大     於

         矣
大を用うるに拙(せつ)なり
大きなものを用いるには、それ相当の用い方がある、という。
さらに、それを知らないとは愚かなことだ、と言い切る。

これには、梁の宰相恵子(けいし)が荘子に話したという、こんな余話がある。
「かつて魏の王が私に大きな瓢箪のタネをくれたが、実ったものがあまりにも大きすぎて瓢箪の用をなさないので、
 打ち割ってしまった」というのである。
それを聞いた荘子は、
「あなたは、大きいものを用いることを知らない。その瓢箪が水や酒を入れるのに大きい過ぎるなら、
 それを舟の代わりにして湖で遊ぶこともできように・・・」と言った。

つまり恵子(けいし)は、瓢箪は水か酒などの飲み物を入れるものだ、という固定観念に捉われているのだ。

恵子の人柄については、然もありなん=Aという次のようなエピソードがあるのだ。

恵子と荘子は、友人であり論敵だったらしい。
荘子は、恵子が梁の宰相になったというので、なんの邪念もなく会いに来た。
だが、ある人が、
「荘子は、あなたが宰相になったと聞いて、あなたになり代わって宰相になろうとしているみたいだよ」
と告げた。
それを聞いた恵子は、部下に命じて三日三晩国中を封鎖させた、という。
それからの話しには続きあるのだけれど・・・、それは述べるまでもあるまい。

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2021年03月01日

韓非子 ➁

I韓非子➁_20210123 (2).jpg

           可     老
           用  智  馬
           也     之
老馬の智用うべし

東周・春秋時代の話しである。
春秋五覇の筆頭に挙げられる斉の桓公と、
管鮑の交わりで知られる桓公を補佐する名宰相の管仲などが、
小国の孤竹を征伐するために出かけた。
戦いに赴いたのは春だったが、戦いを終えて帰路についた時は冬だった。
折しも、頃はまさに厳寒期のうえ悪天候・悪路など過酷な条件が重なった。
軍隊は山中を彷徨う内寒風吹き荒れる中、何時しか方角を失い道に迷ってしまった。

将校以下臣下の各々は、思いを口々に言い合うだけで、まとまりのない烏集の様相を呈するだけだった。
そんな状況の中、管仲は思案した結果、誰もが考えもつかない妙案を思いついた。

管見
このような時には理屈より感覚の勝負だとみて、人間よりはるかに優れている感覚の持ち主は?
   その条件に合致するのは、
   @人間以外での動物としては、同行している軍馬のみである。
   A戦いでは若い馬に席を譲るが、こんな場合は経験豊かな老馬の出番だ。
との考えに至ったのだ。
   〜この時代から2300年ほど後になるが、米国の詩人、ロングフェローの詩「建築師」にある、適所適材だ〜)
ー閑話休題ー
管仲は、徐に自分の考えを述べた。     
「こんな時には、年老いた馬の経験に頼るのが良策だろう」
日頃から、誰もが認める管仲の言葉だったから、言われるに従い駄馬の中から一頭の老馬を放った。
老馬は、暫く周囲のあちこちを探るような様子だったが、とある方角を目指して歩き出した。

道無き道を、ひたすら老馬を信じてその後に従った。
その結果、管仲の思惑通り老馬は期待に見事答え、帰り着いた。

人間社会にあっても、然りだろう。
「思弁」(論理的思考)もさることながら、時には「経験」に拠ることも必要なのだ。


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2021年02月22日

韓非子 @

H韓非子@_20210121 (2).jpg
             ・     ・ 
           最 描   難 ど
           も く   し ち
           難 こ   い ら
           き と ⇒ か を
           ぞ 孰    、描
            、れ   言 く
           曰 か   わ の
            。    れ が
                 た      
                  。      
            鬼  犬
        魅  馬
        易  難

犬馬は難く、鬼魅(きみ)は易し。
〜犬や馬を難しく、鬼魅(鬼神・妖怪の類い)を簡単だ。

春秋時代、斉の王が、画工に対して、
絵を描くのに何(どちらを)が最も難しいか聞いたところ、
このように答えたという。
その訳を問うと、
*犬や馬は誰しも見知っていて、それだけに上手く描くことは容易ではありません。
 それに対して、鬼・化け物は見た人がいない、どう描いてもこんなものか、
 と思うだけだから楽なのです。
管 見
世の中には、常に小賢しく異(異見)を唱えて高し(高尚)となす人がいるが、
実際は、ごく平凡な
*日常のコト(モノ)
*ありふれたコト(モノ)
*身近なコト(モノ)
の実現が一番難しくもあり、また貴重であるのだろう。

序でに記せば、(以前、平家物語を読み、それに因んで学んだ〜)『臨済録』にあるといわれる、
禅語の「無事是貴人」(特別なことより、無事がなにより。あるがまま当然のように生きていくこと)
の言葉が呼び起こされた。

元来、手前勝手な愚生は、とかく日頃些細な事柄に対してもつい不平・不満を口にしてしまう。
その反面一旦災厄が起こると、平凡なことの有り難さを望む、という年を経ても治らない厄介な性分だ。
(当たり前の有り難さ)

八十路に入った現在、まさに愚老である。
「鉄は熱いうちに打て」というが、冷めきってしまった現在、最早遅しである。
ならば、せめて「無事是貴人」を胸に刻み、反省の繰り返しであろうとも、日々の精進に努めたい。

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