2009年04月04日

『北風』その(2)

私は、日頃から色んなことをイメージで判断することが多い。(デジタル的解釈-管見)
それは、若い頃から岐路に立つたびに安易な方に靡く生き方をしてきたからだ、と思われる。

つまり、私のように“易きに流れる”ことの繰り返しは、折角与えられた体験を経験に昇華させることは無い。

さて、イソップ物語に「北風と太陽」という話しがある。

誰でも知っているこの話は、あることを成し遂げる(或は、成し遂げさせる)には、強制的(北風的行為)よりも自発的(太陽的行為)な方が勝っている、という教訓を解り易く説いた寓話である。

そこで私が「北風」と「太陽」に抱くイメージを挙げてみると、

先ず「北風」には、
厳格・横柄・強制・寒冷・敵対・拒絶・逆風(逆境)・怒り・過激・顰めっ面・負など

対して、「太陽」には、
寛大・謙虚・自制・温暖・味方・承諾(受諾)・順風(順境)・喜び・穏健・笑顔・正など

のような言葉が浮かんでくる。
屹度、“中らずと雖も遠からず”と思われる人たちが多いのではないだろうか?
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2009年02月28日

『北風』その(1)

何気なくヒョイッ≠ニ掴んだものが、飛び上がるほど熱かったという覚えが、誰にもあるんではないだろうか?

それが、以前にも似た体験があれば、それに続いてその時の経験をも想い起こすに違いない。

つまり、ある刺激に因って生じた事実が記憶となると、新たに同じような刺激を受けた時、それに連なることが思い出として鮮やかに甦る、ということである。

立春が過ぎた2月8日のことである。
その日の暦には、事始め・針供養・十方暮れ入り、と記されていた。
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2008年12月16日

『散歩途次』(5)B

⇒(前からの続き)
ある日、ベンチで休まずに公園の中を突っ切ろうとした。
その時、出口の近くで何気なく振り返った途端「プリンシプル」という言葉が浮かんだ。
振り返り直した私は、帰途の方向に歩を進めながらこの公園のことを考えてみた。

それは、公に表す建前論としての原理・原則を指すのではなく、真実の感情や欲求である本音(命を入れた)の意である。
別な表現をすれば、人が人らしく自然が自然らしく、共生出来得ることの「基本」である。

勿論、公園の種類によって目的などが異なったり、多くのそして種々の問題があるだろう。
例えば、街区公園・運動公園・都市公園・森林公園・国立や国定公園等々。
それらは、設置前の計画段階から維持管理や運営段階まで、各項目ごとに綿密に精査されている筈であり、文書〜施工など各過程を検証するまでも無いことは、自明の理であろう。

この遊び場的な「児童公園(?)」らしき場も、公的施設であるからには、規模の大小はあっても例外ではない筈である。

だけど、何かが足りないのだ。
それは、多くのお金と手間を必要としないものである。

ここで、この公園に必要なものについて考えてみたい。

あくまでも私の主観的批評(印象批評)ながら、一言で言えば
“息吹(呼吸)”が感じとれないことである。
具体的に言えば“自然(樹木)と人”の在り方にあると思う。

そこで以下に、それに因って欠如しているものを列記すると、
T春夏秋冬に於ける樹木等自然の働き
 春⇒新緑⇒優しさによる心身の保養
 夏⇒日陰⇒激しい暑さを緩和
 秋⇒風趣⇒従容たる景観による安らぎ
 冬⇒常緑⇒寒風を遮る風除け

また、序でにその他の要素も挙げてみると、
U目的の曖昧さ
V中途半端な広さ
Wルール・マナーの掲示の不徹底
X運営・維持管理
 試みに、体験した一例を挙げてみれば、
[公園の出入り口は、2カ所ある。
ある日、道路に出ようとした時、思わず転倒しそうになった。
ズボンの裾が何かに引っかかったようなのだ。
前のめりになった私は、辛うじてフェンスに掴まり、何を免れた。
見ると、フェンスの菱形の網目が直径50cmほど破れ、その端が線状となったのに引っ掛かったのだ。
仕方がないので、その網から針金になった端の1本1本をフェンスの外側に沿うようにして曲げた。

そして、念のために外周を回ってみると、そのように破損している箇所は、数箇所に及んでいた。]と、いった具合である。

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2008年12月15日

『散歩途次』(5)A

散歩の幾つかのコースの中で、必ず通る場所がある。
それは県営の住宅団地であり、またそれに隣接する公園である。

この団地の建物は、4階建ての鉄筋コンクリート造で、それが適当な間隔と向きで10棟ほど建っている。

正確な棟数は、判らない。
何故なら、数えたことが無いからである。

というのは、どの地点に立っても全部の棟が見渡せないのだ。
即ち、何棟かが死角に入ってしまうのだ。

〜そういえば、もう50年以上も前になるが、中学校の修学旅行で東京に行った時、バスガイド(当時はバスガールと言った)のお姉さんが説明してくれたのを思い出す。

当時、東京の下町ではシンボル的存在だった、千住火力発電所の煙突。
それが説明を受けた、通称「お化け煙突」であった。

4本の煙突は、発電所の敷地に沿って菱形に建てられていたので、見る場所(遠くから)の角度によって4・3・2・1本、と夫々異なって見えるのだった〜

<閑話休題>
そんな訳で、ここの正確な棟数を知るには、団地の中を歩き回ることが必要になる。
そうしても良いのだが、別な問題が発生する恐れがあるのだ。

それは、私の散歩コースの殆どに痴漢が現れるというのだ。
つまり、団地内を歩き回れば、その種の挙動不審者に間違われるという懸念である。

まして、散歩時の私の格好は、黒い帽子(頭髪の退化に因る寒さと怪我対策)・黒っぽいウインドヤッケ(風邪予防用)・メガネ(境目の無い遠近両用)・マスク(風邪予防用)・軍手(手の防護及び風邪予防用)など、だからである。

だから、散歩中は誤解を招かないために、要注意なのである。
当に、“李下に冠を正さず”を忘れてはならないのだ。



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2008年11月11日

『散歩途次』(4)

今日は、自宅を出て西に向かう、気儘コースである。

向かって左前方に妙義山、やや右前方の山並みの背に聳える、浅間山を見ながら歩を進める。

1km程行って右折すれば、(2)で紹介した旧お屋敷であるが、今日は気分転換を図るのに、左折することにする。

暫らく進むと道が交差するが、構わず直進する。
やがて、緩いが少々長い坂に差し掛かる。

ここから上りきるまでが、特に辛抱を要する。
次第に、足腰の痛みと喘ぎが増す、私にとっては難所なのだ。

でも、ここを上りきらないと、次の段階には進めない。
だから、何とか我慢して上る。  そして、上りきった。

立ち休みしたいところだが、進む。
亀の歩みにも似た足取りの上、バランスの悪い格好であることは、自分でもはっきり認識できる。

うっかりすると、蹌踉めいてしまいそうだ。
それでも、一歩でも多く前に進もうと頑張る。

漸く、腰の下ろす処に着いた。


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2008年11月02日

『油断大敵』

「油断」の語源には、諸説ある(何れも出典は略す)
大別すれば、
「断つ」の意を<油>にとるか、<命>にとるかになる。

@「断つ」を<油>とする場合
 <油>を「断つ」と、火が消えて闇となる。
 闇となれば、敵に襲われ易くなる。
 故に、油断大敵、火が亡亡(ぼうぼう〜消える)
 の語が成立する。

A「断つ」を<命>にとる場合
 昔、インドの王が油をなみなみと入れた壺を家臣に持たせて、人通りの中を歩かせた。
 若し、一滴でも溢(こぼ)したら、命を絶つと命令。
 家臣は、命ぜられたことに集中して全うした、という故事。
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2008年10月19日

『散歩途次』(3)

今日は医院に行く日なので、早朝散歩となった。

午前4時半起床。
日の出は、5時54分。

窓越しに見る東の空は、まだ暗い。

だから、要心をして人気のある、団地〜街並みコースを選ぶ。
暫らく歩むと、薄明るくなってきたので、小休止とする。

そこは、昨年から急速に新築の家が増え始めた所であり、以前畑だったのを民間業者が個々に造成したのであるが、全体的には予め一つに計画された住宅団地の様相を呈していた。

いま私が息を整えている所は、やはり昨年新築し入居した若い夫婦(30歳前後?)の家の横だった。

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2008年10月12日

『散歩途次』(2)

小雨そぼ降る中、傘とゴム長の仕度で散歩。

以前、季節では秋・一日の中では夕方と書いたが、小雨そぼ降る≠ニいう文字も、それに加えたい。

今日は、午前十時からの気儘コースである。

途中には、今は昔の大地主だった屋敷がある。
往時は、この屋敷の土地を通らねば、町には行けぬといわれた程であったという。

私が時に応じて参拝する二地区に跨る鎮守様も、寄進されるまでは、この屋敷の所有だったそうだ。

それでも、長い垣根が今でも続く。

その極く一部に、<茶の木>がある。
これを描かせて貰ったのは、もう十年以上も前になるだろうか。
今も変わらず<茶の木>の花は、黄色い雄蕊を白い花弁が包むようにして、咲いている。

葉は照葉樹の名に相応しく、厚い光沢のある濃い緑色で花を支えているかのように、力強い。
水滴が銀色に輝き、近づけば淡い緑色をした球状の粒が多数ついているのに気付く。

暫し見惚れていた私は、無意識に大きく深呼吸をした。
それは、次第に精気が体内に入り込んでくるのを、感じたからであろうと思われる。

考えがそこに至ると、下司な私は思わずこの精気を逃すまいと、二度三度と腹の底まで取入れるため、大きく吐いては吸い込んだ。

ところで、この屋敷のお婆さんは、隣町の本陣だったところから興しいれをしたのだと、この地の古い住人から、聞いたことがある。

晴れた日には、多分加齢(90歳に近いと思われる)によるのだろう、不自由な足を引き摺りながら、緩慢な動きで畑作業をしているのを見かける。

屹度、今私が戴いた精気を浴びながら頑張っているのだろう。

ふと眼を転ずれば、隣地の畦や土手には色褪せた彼岸花が、俯き加減で立っている。

栄枯盛衰は世の習いか。

彼岸花に重なるお婆さんの姿。
心の中は見えねども、今を精一杯生きることに、ただ専心しているに違いない。

何時の間にか、旧に復する吾が想いとも渾然としてくるのを感じながら、暫し感慨に耽った。
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2008年10月06日

『散歩途次』(1)

私の日課とする散歩は、幾つかの形に分けられる。

@季節による区分
・春のお彼岸明け頃〜秋のお彼岸入り頃
 までは、朝4時に起床し軽い体操の後、50分程
・上記以外は、午前10時頃から1時間程
 何れも、ゆっくりと歩く
これは、「極度の寒暖と激しい運動は避けること」という主治医の指示を、忠実に守っているからである。

Aコースによる区分
・九十九川端コース
・お花畑〜桑原コース
・丘陵コース
・鎮守様コース
・団地〜街並コース
・気儘コース

B目的による区分
・只管、歩く
・スケッチや吟行を兼ねて
・買い物
・スポーツセンター
 (車の健康も兼ねて━
  ∵使用回数が少ないので、バッテリーがあがってしまうから)
(続く)続きを読む
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2008年10月01日

『道祖神の郷』(6)

(9月30日からの続き)
━さて、これまでに学んだことを纏めてみると、
1.日ごろから健康に留意した生活をする
2.無理をしない
 ・適切な季節を選択する
 ・天候の良い日を選ぶ
3.正しい姿勢で訪ねる
4.見つけるコツは、現地と渾然一体となること
5.形の背後にある見えない≠烽フに意を注ぐ

などである。(続く)続きを読む
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2008年09月30日

『道祖神の郷』(5)

(9月29日からの続き)
━次の(案内図bQ)「道祖神」は、一寸捜し倦ねたが最初よりは簡単に見つけることが出来た。

眼が馴染んできたせいか、気持ちに裕りが出たせいか、とその時はそう思った。(だが、それも思い上がりであることに、帰る頃になって気がついた〜真のコツは、先ず謙虚になりこの場と渾然一体とならせて貰うことにある)

何れにしても、お蔭様で予定していた目的を果たすことが出来て、やれやれ・・≠ニいった思いである。

同時に、この時になって一番懸念していたことを、この眼で確認出来たことは安堵感と共に、大きな収穫だった。

それでも組織に因る何らかの人為的な・・・という心配はあった。
然し、自ら反省する点多々ありと言えども、「道祖神」の発見に苦労したことは、周囲の自然に溶け込んでいて違和感がないことの証しでもある訳である。(続く)
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2008年09月29日

『道祖神の郷』(4)

(9月28日からの続き)
━ところが、侮りの気持ちから「これは冗談じゃないぞ!」という真剣な思いに変わるに従い、浮ついた気が(物事に反応する心の働きか?)腹の下に降りてきて、次第に落ち着いてくるのがわかった。

すると、途端に見えた。信号の下に手掛かりの住所が眼に入り、さらに一番の目印だった上原商店≠フ擦れた文字が、今度は鮮やかに見えたのだ。

でも、その喜びを露骨に顕わにせず、当然のような素振をする。そこのところが、亀の甲より年の功≠ニいうのだろうか?

〜なんて、そんな言葉で誤魔化そうとしている自分が情けない。

真実は、外見を装うという若い頃の悪しき習慣をまだ刮(きさ)ぐことが出来ずに、ただ年齢を重ねている自分がいるだけなのだ。

反省、反省、また反省。

その繰り返しで、一昨日68歳の誕生日。
(続く)続きを読む
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2008年09月28日

『道祖神の郷』(3)

(9月27日からの続き)
━途中で少し回り道をしたが、倉渕町に到着したのは11時頃であったろうか。
早速目指す第一の地点を、案内図に従い探すことにした。
だが、案内図と現地の風景とが、全く一致しない。
何度も同じ所を行き来し、見比べるが見つからないのだ。
初めは「たかが田舎の・・」とか「どうせ旧街道沿いにある筈だ・・」などと胸の内で侮りの言葉を吐いていたが、段々そうもいかなくなってきた。
焦る気持ちが募り、それに比例するように気分が苛立って来た。
(続く)続きを読む
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2008年09月27日

『道祖神の郷』(2)

(9月26日からの続き)
━そんな訳で九月に改まるや否や、「道祖神」の郷へ出かけることにした。元々、先人の足跡を辿ることに関心が強く、建築を学んでいた頃関西にいた関係から、発端は古寺建築や仏像彫刻の類いであった。

だから、その延長線上に現在があるのかも知れない。
還暦を過ぎての目的である生涯現役を貫き、社会への還元の一助としたい≠ニ、気負っても今の建築界は周知の通りである。

尤も、若い頃の無鉄砲さが災いして僅かな年金暮しでの倹(つま)しい生活だが、足るを知る≠ネどと嘯(うそぶ)いていられる現状に感謝せねばなるまい。(続く)
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2008年09月26日

『道祖神の郷』(1)

旧倉渕村とのご縁は、仕事絡みで三十年程前に遡る。
その後何度か目的ごとに訪れたり、ここを通る国道406号線を草津や北軽井沢などへの往還に利用するなど、私にとっては極めて親しみのある土地柄なのである。

倉渕村を貫く旧信州街道は、やがて草津道と善光寺道に分かれる。
私の倉渕村は、旧街道〜小栗上野介へと続くモノトーンのイメージなのだ。

そんなセピア的想いの倉渕村が、平成の大合併で高崎市となった。(続く)続きを読む
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